清水きよ美がこれまで乗り越えてきた出来事。
数々の出会いがあり、だからこそ今伝えたい想い。
第三者目線の「人生ストーリー」として
紡いでいただきました。

弱さを認めて、強く生きる

上品なファッションやヘアメイクに、柔らかな話し方。きよ美さんに対して「品のよいママ」「育ちのよい女性」―そんな第一印象を抱く人は多いだろう。しかし、彼女の内面をよく知る人はこう表現する。「話せば話すほど、中身は武士だって分かりますよ」

BRAND=Me代表 清水きよ美さんは現在、「ママになった女性の新しい人生に彩りを」をミッションに、後悔のない生き方を実現するためのサポートや起業支援などを行っている。2020年に準公務員という働き方を卒業して以来、“変わりたい”と望む女性に、講座やマンツーマンのコンサルティングを届けてきた。

強く、誠実で、不屈の精神の象徴である「武士」と称されるほどのマインドを持つきよ美さん。しかし彼女は、自分の中の「弱さ」を認め、共存していこうと発信し、実際に自分の中にあるつらい思い出やネガティブな感情もオープンにしている。

受講生さんたちは、きよ美さんのことを「やわらかさの中に、しっかりとした芯がある人」「優雅・優しさ・情熱・誠実、そんなイメージ」と言う。人への優しさ、やわらかさは、痛みを知っているからこそのもの。そしてしっかりとした芯、情熱は彼女が元々持つ“武士的な”強さだ

「ありのままの自分でいい」―そう胸を張って発信しながら、自分の求める道を探し歩み続けるきよ美さんだが、今に至るまで、たくさんの悩みや葛藤も抱えてきた。

自分の「第一希望の働き方」を求めて

きよ美さんは、両親が自営業で忙しい家庭に、双子の姉妹の姉として生まれ育った。小6から高3までバレーボールに打ち込む忙しい毎日だったが、当然のように家業の手伝いをすることも求められてきた。そのような暮らしのなかで、両親の役に立つことの尊さを感じる一方、“OL的な”土日休みの働き方に幼い頃から憧れを抱いていたのだという。

短大卒業が見えてきた頃、通院していた母親をサポートすることも考え、きよ美さんは家から近いこと、土日が休みであること、そして安定した収入が保証されていることを条件に仕事を模索した。そして、中小企業の融資を保証する会社の準公務員という職にたどり着いたのだ。ここでなら、本当は家業を継いでほしがっていた両親の助けになる知識を習得できる、と感じたことも決め手になった。当時の彼女にとっては、この職場は理想的で、「第一希望の働き方」であった

しかし、時間が経つにつれ、状況は変わってしまう。結婚し、待望の子どもを授かるも、入院続きで産後の体調も優れず、思い描いていたような「ステキなママライフ」を送れないことが辛かった。そのうえ、2人目の育児休暇を終えて復職するタイミングで、夫が単身赴任に。ワンオペの育児と仕事との両立は時間的にも精神的にも厳しく、耳鳴りとめまいが続くという体調不良に襲われた。仕事は好きで続けたいのに苦しい……そんな時期が続いた

時を同じくして、きよ美さんはキャリアの面でもつらい思いをする。職場に女性の起業を応援する課ができ、「その仕事をやってみたい!」と感じるも、”事務職だから”という枠組みによって、自分の希望やできることを伝えるチャンスもないまま、その思いは叶えられなかったのだ。

さらに同じ頃、「乳がん疑い 要再検査」という健康診断の結果を受け取ってしまう。自分の「死」が間近に感じられたとき、きよ美さんの脳裏には後悔ばかりがうかんできたのだという。

ママとして向き合わなければならないこと、肩書だけでできることが限られてしまう職場環境、そして健康面……自分の力だけではどうにもならないことに、きよ美さんは頭を抱えた。

そんなときに出会った1冊の起業家の本が、きよ美さんの人生を変える。

私もそうなりたい、の気持ちに正直に

その本の著者である起業家は、きよ美さんと同じ名古屋在住で3歳年下の女性。彼女が実践する「週休5日」という働き方に、きよ美さんは衝撃を受けた。自営業として土日もなく働き続けてきた両親と、自分のような週休2日の会社員の働き方しか知らなかったからだ。

「ありえない」「美しい人だからできるんだ」「私には無理」―瞬間的にそう感じた自分の心のブロックを外していくと、見えてきたのは、「私もそうなりたい、【自由な働き方】をしてみたい」という気持ちだった

同時に、この起業家のように、自分の気づきや言葉で人の人生をいい方向に変えられる人になりたい、とも思った。きよ美さんが、自分の「本当にやりたいこと」に出会った瞬間だった。

生きていると、人は誰でも大なり小なり、苦しい場面に遭遇することがあるだろう。そのときにどう動くか、が人生の質を左右する。きよ美さんは、前に向かって動き出すことを決めた。

会社をすぐに辞めて、ダメ元で【自由な働き方】をする世界に飛び込んでみたいーそんな思いを抱いたが、きよ美さんは「辞めることをやめる」という選択をする

20年間近く働いてきたその会社で、自分ができることはすべてやり切って、最善のかたちで卒業しようと決めたのだ。副業禁止だったため、ブログ・インスタ・モニター経験・アシスタントなど、働きながらでもできることをして「いつか退職するための準備」としてコツコツと経験値を上げていった。

すると、コロナ禍に突入。色々なタイミングが重なり、2020年12月、ついにきよ美さんは22年勤めた会社を辞め、フリーランスとして歩み出した。準備期間をたっぷり取った甲斐もあったのだろうか、起業2年目には、オリジナルコンテンツで月収200万円を達成するという順調な滑り出しであった。

しなやかな強さを

きよ美さんはしなやかな柳のようだ。そのときには最善を選んだと思った場所でも、風に吹かれることもある。雪が積もることもある。それでも折れず、逆境の中でさらに強く、深く根を下ろし、上へ上へと枝を伸ばしていくのだ。

きよ美さんの生き方が教えてくれるのは、風や雪を避ける方法を、自分で見つける大切さだ。

彼女は【自由な働き方】ができる世界に身を移すことで、自分にとってよい環境を手に入れたが、万人にそれを勧めるわけではない。「私はこうしたけれど、あなたは?」―きよ美さんは相談者一人ひとりの状況を解きほぐし、一緒に考える

きよ美さんは優しいが、甘くはない。頼れるが、依存はさせない。それでいて、いつも見守ってくれている安心感がある。それは、後悔のない人生を送るには「自分で決める」「自分の中に答えを見つける」ことが何よりも大切だと、彼女自身が身をもって感じているからだ。これこそが、きよ美さんが言う「強さ」だ。

「強さというのは“自分”を持つこと。ダメでも、自信がなくてもいいんです。自分の考えを自分で言えること、それが強さの第一歩です」ときよ美さんは言う。

私たちは、「強さ」をはき違えて、無理をしたり、強がったり、我慢したり……そんな人生を送りがちだ。でも、本人は、“自分”を見失っていることに気づかない。そんな人たちに向けて、きよ美さんは、自分が味わったつらい経験を「私のように苦しい思いをしないでいいんだよ!」と具体的なメッセージに変えて、呼びかける。

自身にとってつらかった経験も、他の誰かの救いになることがある。きよ美さんの発する言葉は、まさにそういうものだ。

笑顔あふれる社会に

きよ美さんは、自らの夢をこう語る。

「きよ美さんの言葉で人生を変えることができました、って笑っている人たちに囲まれること。その場に子どもたちも連れてきてくれたら最高!」

彼女の言葉には、「笑っている」「笑顔あふれる」という表現がよく出てくる。それは、自分で望む道を切り開いた末の笑顔、そしてそれ以前に「ごく一般の人が、ごく普通に、安全に、笑って生きられる世界」のことも指す。

その思いは、きよ美さんが学生の頃に2度も起きた、知り合いが反社会的勢力や暴力沙汰に巻き込まれて命を落とすという痛ましい事件に対する怒りから来るものだ。

「誰もが安心して生きられる社会を」―この、当然でありながら、壮大な夢を、きよ美さんは、ママたちに言葉を届けることから叶えていこうとしている。

ママたちに“自分のいいところに気づく”大切さを伝えれば、子どもたちへの接し方も変わると思うんです。ママから子どもたちに“あなたは素敵な存在なんだよ”ということを伝えていけば、子どもたちは強く心を持ち、痛ましい事件はきっと未然に防げます」

夢を実現するためにきよ美さんは、こう考える。
「私は有名になりたい。自由な人気者になりたい。別に自分が目立ちたいわけじゃなくて、私の考えをたくさんの人に届けたいから。ちゃんと知ってもらって、届いて、いいね!って言ってもらえたら……もっと笑顔になる人が増えているはず」

浮かんでくる「私なんて……」という弱さをしっかりと抱きしめて、言葉にできるきよ美さんは、強い。そしてその強さは、私たちを置き去りにするような、手の届かない強さではないのだ。

「さぁ!一緒に歩きだそうよ!」そう示してくれるかのような、きよ美さん自身が歩いていく姿に、勇気をもらえる人は少なくないはずだ。誰もがありのままの自分を出せる強さを持てたら、そしてそれを受け入れる社会になったら……世界にはさまざまな彩りがあふれた美しい景色が広がるだろう。

取材・執筆)ココロツムグ研究所かげいろ 石原智子

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